骨折しやすい犬種
アニコムの家庭どうぶつ白書(2018年)で飼育頭数割合はトイプードルが23%、ポメラニアンが5%、イタグレが0.6%であるが、当院で橈尺骨骨折を治療した犬はトイプードルが50%、以下ポメラニアン19%、イタグレ8%の順に多い。3犬種の橈尺骨の特徴は、太さや長さの比は雑種犬と大差ないが海綿骨が貧弱である。体重が2〜3kgのポメラニアンとイタグレの海面骨の幅と厚さは2〜3×1mmしかない。
海綿骨とは
海綿骨は皮質骨の内側にあり、梁の構造で着地における衝撃を分散し吸収する。また、海綿骨には骨髄幹細胞が含まれ、骨髄幹細胞は修復期初期に軸圧負荷がかかると骨芽細胞、骨細胞の順に分化し骨折を修復する。海綿骨内にある骨髄幹細胞が骨折の修復に重要な役割を持つ。
骨への栄養供給路
骨髄内の動脈は骨芽細胞や前骨芽細胞に栄養を供給するが、プレート手術、ピンニング手術、創外固定手術のいずれの手術法でもインプラントが栄養供給路を遮断する。特に小型犬の細い骨髄腔では完全に遮断し骨折の修復を阻害する。
骨折の再生
骨折部位に漏出した骨髄幹細胞は修復期初期の軸圧負荷により骨芽細胞へ分化する。インプラントによる応力遮蔽は骨髄幹細胞から骨芽細胞への分化の信号を止めている。
従来のギプス固定の問題点
ギプス治療は折れた足をシーネ固定して骨が癒合するまで安静に過ごさせる。
完全骨折の場合、ゆるい固定では不安定に曲がり、強固な固定では数週間で筋肉萎縮や骨密度の低下や骨の湾曲が起こる。強固なギプス固定を1カ月くらい続けると、骨密度が低下し萎縮性偽関節や骨の湾曲が起こり骨の治癒は不可能になる。亀裂骨折なら治癒が期待できるが完全骨折は治せない。従来のギプス治療では垂直方向の軸圧負荷がかからないため修復期から骨吸収が始まる。
手術の問題点
1、運動制限が必要
2、治療期間が長い(5〜6カ月)
3、再骨折しやすい
4、金属の装着と抜去で2回以上の手術が必要
5、金属破折や湾曲のリスク
6、治療費が高額になる
材料と固定の仕方
- 皮質骨の弾性率は15〜30GPa、海綿骨は約0.1 〜2 GPa
- チタン合金は生体親和性が高すぎるのでインプラントの抜去がしにくく、抜去しても再骨折しやすい。
- 金属の単一材料は反復刺激で破折や湾曲が起こりやすい。
- 繊維強化プラスチックの力学的挙動は皮質骨と極めて類似している。
再生における問題点
プレート法
スクリューが橈骨の海綿骨の幅を超える場合は骨髄内の血流を遮断するので骨折部位で骨芽細胞を阻害する。また。応力遮蔽によりプレート下の橈骨と尺骨が萎縮する。
ピンニング法
小型犬では骨髄腔を完全に遮断してしまうため仮骨形成が起こりらない。また、ピンは横方向の応力に対して弱く、ピンが細いと破折や湾曲が起こる。太いピンを使うと骨が細くなる骨融解が起こる。
創外固定法
骨の固定が不安定で、金属が皮膚から露出するため手術後の管理が難しい。また、挿入したピンが骨髄腔を遮断するため骨の再生も阻害する。
小型犬の橈尺骨骨折の手術と問題点
1、応力遮蔽
骨にかかるべき荷重をインプラントが吸収するため、骨に十分な軸圧負荷がかからず橈尺骨の脆弱化と骨吸収が進行する。小型犬は橈骨の骨が細いためインプラントによる応力遮蔽の影響が大きい。特に並列する尺骨の消失が顕著である。
インプラントの応力遮蔽で尺骨が消失すると手首は外反する。連続性を失った尺骨は徐々に肘側まで萎縮し、肘頭まで消失すると肘関節の可動域が狭くなる。
2、骨髄からの栄養供給路の遮断
細い橈骨でピンニング手術を行うと骨髄腔はピンで完全に遮断される。骨髄幹細胞は骨折部位に届かないため仮骨形成は起こらない。栄養血管も遮断されるので骨は日に日に細くなり消失していく。尺骨も応力遮蔽により消失する。橈骨遠位からピンが出ているため手首が後方に変位して着地の障害になり軸圧負荷がかからない。この手術法は骨髄腔を閉鎖し、骨折部位への栄養供給を遮断し、軸圧負荷を阻害し、骨の応力遮蔽も起きるので行うべきでない。
3、インプラントの破折と湾曲
単材料の金属は反復刺激で破折や湾曲を起こす。ダブルプレートでも防げない。
4、インプラントの細菌感染
細菌感染の原因は手術中の汚染や、皮膚が薄い犬種(イタグレ、ウイペット)の皮膚裂傷によるプレート露出である。骨は癒合遅延、癒合不全、偽関節、プレート下の橈骨萎縮などが起こる。スクリュー孔の拡大は骨髄中への感染が示唆され骨は融解する。
5、プレート手術後の海綿骨の消失
小型犬の細い骨でプレート手術や創外固定手術すると骨髄の血流が遮断されるため、数ヶ月後には海綿骨が皮質骨に置換されることがある。写真の症例の骨幅は5.4mmでありスクリューはシンセス社の1.2mmである。骨幅30%以下のスクリューでも骨髄血流の遮断が起こり海綿骨が皮質骨に置換される。プレート手術で治したつもりでも、海綿骨が消失した骨は歩行の反復刺激で容易に再骨折する。
6、骨折の治癒が明確に分からない
小型犬の細い橈骨骨折の治療ではプレートやピンニング手術は仮骨を形成しないので骨癒合が判断できない。インプラントを抜去して数日で再骨折する症例は、骨折が治っていなかったのである。
7、運動制限
当院で橈尺骨の完全骨折を治療した犬181頭の85%は2才以下の若く活発な犬であり、ジャンプや駆け足を管理することは不可能である。特に若いイタグレを運動制限させるとの獣医師の飼い主への指示が不合理であるにもかかわらず、インプラントが破損するたびに再手術を行なっている。
手術後の再骨折の治療
プレート手術後に海綿骨と骨髄が消失した骨の再骨折では、骨折部位に骨髄が漏出しないので治癒が遅くなる。3Dギプス治療でも治癒まで3カ月〜6カ月程度かかる。複数回の手術などで骨へのダメージが大きい場合は回復が不可能になる。
回復が難しい骨
- 複数回のプレート手術
- ダブルプレート手術
- 太いスクリューによる骨へのダメージ
- スクリューに細菌感染
- 萎縮性偽関節
まとめ
- ギプス固定では完全骨折を治癒させることができない。
- 手術で骨折を治せる骨の細さには限界がある。インプラントの直径が海綿骨の幅を超える場合は骨髄の血流を遮断し、骨再生を阻害する。
- 細い橈骨をプレートで固定すると応力遮蔽による尺骨に骨吸収が起きる。
- 現状の手術による骨治癒は骨表面の骨芽細胞に焦点を当てているが、本来は骨髄幹細胞から骨芽細胞、骨細胞への分化を重視すべきである。
- 手術後の適切な運動量は不明であり、着地の反復刺激によるインプラントの破折や湾曲のリスクは避けられない。
臨床を行う獣医師は小型犬の橈尺骨骨折を手術で治すのは難しいと気付いているはずである。インプラントの応力遮蔽による尺骨消失の問題は以前から認識されていたが、それでも体重5kg程度の橈骨骨折は治癒させることはできていた。しかし、テーカッププードルやタイニープードルで体重が1~2kgではインプラントが骨髄血流を遮断するため海綿骨の消失や癒合遅延が起が起こる。当院では手術後の癒合不全や再骨折などのトラブルの治療を100件以上行った。メール相談を合わせると手術後のトラブルは200件以上であり、2次診療施設でも例外ではない。すべての手術法において、超小型犬では橈骨の骨髄腔を遮断せずに骨を固定することは不可能であり、骨折の治療法は転換する必要がある。